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厄年の男女の数え年や年齢を解説

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厄年の豆知識

厄年は、災難や不幸が降りかかるかもしれないとされる年齢のことです。

厄年の捉え方は、地方の習わしによって異なってきます。

ここでは厄年についての知識を紹介していきます。


厄年とは

厄年(やくどし)とは、古来日本で信じられてきた年齢の事で、災難や不幸が降りかかるかも知れないとされている年齢です。

厄年には、お祓いをしたり引越し、結婚など人生の大事を避けたりする習わしがあります。

不幸を避けるため、とされている厄年は陰陽道を由来とする説もあります。

いずれにせよ、厄年に科学的な根拠は証明されていません。

しかし、厄年の風習は平安時代から現代まで存続しています。

その頃は衛生環境も食糧事情も現代ほど整っておらず、かつ、戦乱も多かった事から日本人の寿命は今よりもずっと短かったのです。

寿命が今ほど長くなかった当時では、中年に差しかかる年齢になると、自分自身の体調の変化に敏感になる必要があったのでしょう。

男女ともに30代、40代となれば若い頃のような体力はなく体調面で変化が顕れるのは、昔も今も変わりません。



厄年の出産における捉え方

古来厄年には、厄を除けるためにお祓いをしたり、引越しや転職、結婚など人生の大事を避けたりする習わしがありました。

厄年の年齢になると、人生の節目でもあり体調の変化に注意して健康面に気遣う事を自覚させる意味なのでしょう。

女性にとって、人生の大事に妊娠・出産があります。

女性の厄年(本厄)は数え年で、19歳、33歳、37歳、61歳となっています。

前後に前厄、後厄がありますから、現代では女性の厄年は十分妊娠・出産可能な年齢と言えます。

厄年の出産はどう考えればいいのでしょうか。

厄年に科学的根拠はありませんが、妊娠・出産という命に関わる大事だけに厄年には避けた方がいいのでは?と心配される女性も多いと思います。

風習として残る厄年に避けるべき事の例には、結婚、新築、引越し、起業(独立)・転職が上げられています。

お気付きの通り、妊娠・出産は含まれていません。

地域により厄年の風習・しきたりは変わりますが、厄年の出産は、『子どもが厄を落としてくれる』として、厄年の出産はむしろ歓迎される事と捉える考えもあるのです。

繰り返しますが、厄年に科学的根拠はありません。

しかし、出産は医療の発達した現代においても、女性にとって身体的にも心理的にも負担の大きな出来事に変りはありません。

そんな気持ちも体も不安定になる妊娠・出産に厄年という風習が重なれば、科学的根拠がないとはいえ、女性当人、周囲の家族や友人も不安になるのは当然です。

ここは「気持ちの問題」として、割り切って何もしない。

または、安産祈願をして気持ちを落ち着かせる。

この二つのどちらかでしょう。

出産の主役は女性ですが、パートナーの協力が欠かせません。母となる女性、生まれてくる子どもの事を第一に考えて、安心して出産できる環境を整えてあげましょう。

厄年の結婚における捉え方

先述の通り、厄年には科学的根拠はありません。

従って、女性が十九歳で結婚したり、男性が四十二歳で初婚であったりしても現実的には何の問題もありません。

ただ、古くからの言い伝えで「厄年には大事を控える」風習が残っているだけです。

結婚は二人が主役の人生最大のイベントです。

二人の気持ち次第で、古い風習、迷信も気にする必要はないでしょう。

前厄の年に結婚して、二人の新生活(本厄)を新たな気持ちと引き締まった生活態度で迎える。

あるいは、厄落としをして心身を清めて新しい生活に臨む、といった厄年の結婚をポジティブに捉えるカップルも多いようです。

厄年とは、「悪い事が起きる時期」ではなく、「体調、環境の変化に気遣う時期」と考えれば結婚をネガティブに捉えるより、計画性を持つ、確認を怠らないといった慎重かつ確実に結婚の準備を進める、と考えてもよいのではないでしょうか。

そうは言っても、やはり周囲の人たちからの意見もあるのが現実です。

周囲からの意見にも一度耳を傾けたうえで、「こういう厄落としもしたし、大丈夫」と説得できるような余裕があれば、厄年の結婚であっても周囲は納得してくれるはずです。

厄除け祈願の厄落としは気持ちの問題です。

「厄除けしたから安心」ではなく、「厄年だから自分自身で気を付けよう」という自らへの注意喚起と捉えましょう。



女性の厄年の年齢

厄年は現代で使われている満年齢ではなく、数え年で判断します。

数え年とは、厄年の元日(1月1日)になると満年齢に2才を加え、その年の誕生日に1才を加えて計算します。

さらに厄年には女性と男性で年齢が異なります。

女性の厄年は数え年で以下のようになります。

前厄 本厄 後厄

18才 19才 20才

32才 33才 (大厄) 34才

36才 37才 38才

60才 61才 62才

女性の大厄は数え年の37才とされ、厄年の中でも最も大きな災難・不幸が訪れるとされています。

中厄は女性なら19、37才、小厄は男女の別なく1、4、7才とされています。

女性の大厄である33才と言えば、今でこそ元気で妊娠・出産も可能な年齢ですが、平安から江戸時代では平均寿命とも言われていた年齢です。

寿命の短い時代だったからこそ大事を控え、身体を大切にして健康と長寿を願ったのでしょう。

男性の厄年の年齢

一方男性の厄年は、というと以下の通りです。

前厄 本厄 後厄

24才 25才 26才

41才 42才(大厄) 43才

60才 61才 62才

女性の厄年が人生で4回あるのに対して、男性のそれは3回と少なくなっています。

出産で命を落とす事もあった時代の風習でもあり、女性を守る意味で厄年を男性より多く設定し、命を守る意味があったのかも知れません。

それほどまでに、当時は医療も食糧事情も今ほど恵まれていなかったのです。

男性の大厄は42才とされています。

江戸時代の42才と言えば、「老人」の域に達する年齢です。40代で老人扱いとは現代では考えられません。

今でも70才になると「古希のお祝い」をする風習があります。

昔は70才まで生きることは「古くから希(まれ)」とされていました。

70才まで長生きする事が希なら、42才まで健康である事はこれまでより一層健康に気を遣い、長寿を願って厄祓いをしてもおかしくありません。

では、厄年の厄祓いとはどうすればいいのでしょうか。

一般的な厄祓いの方法は、神社・お寺にお参り(厄除け祈願)する方法があります。

できれば、前厄、翻訳と厄除け祈願をして無事に厄年を終える事ができたら、「お礼参り」を後厄の年にしましょう。

神仏に頼むのはもちろんですが、厄年とは体調面を気遣う年齢になったと自覚する年齢でもあるのです。

厄年に出産したときの儀式「捨て子」とは?

TVドラマ「暴れん坊将軍」をご存知でしょうか。

八代将軍徳川吉宗を主人公とした時代劇で、暴れん坊の名の通り、江戸幕府の将軍でありながら浪人に身を隠して市井の悪を叩く痛快な時代劇でした。

実際の徳川吉宗は、享保の改革を断行した事で有名です。

現代の裁判判例集とも言える「公事方御定書」を作らせたり、市井の人の意見を聞く「目安箱」を設置したりと歴史に名を残しています。

実は、その徳川吉宗が厄年の出産に関係していたのです。

吉宗は、紀州藩二代藩主徳川光貞の四男として現在の和歌山に生まれました。この時、父・徳川光貞は四十歳だったのです。

江戸時代の頃には「厄年に二歳の子どもは親に不幸をもたらす」と言い伝えられていました。

つまり、父親が四十歳の時に生まれた子・吉宗が二歳になる時、父親・光貞は男性の厄年である四十二歳になり、子どもが親の不幸の原因になる事を恐れた、と言われています。

この「厄年に二歳の子どもは親に不幸をもたらす」という言い伝えに従って、生まれたばかりの吉宗は一度「捨て子」となるも、父親・光貞が産土神と信仰していた岡の宮神主に拾ってもらい、その後吉宗は神からの賜り物とされ、大切に育てられました。

一度捨て子とした後、あらかじめ示し合わせた縁ある人に拾ってもらう事で「厄落とし」の意味を持たせたのでしょう。「捨てる」と「落す」を厄にかけたのです。

この故事にちなんで、厄年の出産を特別視する習わしがあるのです。

地域によっては、男の子だけ捨て子のマネをする、あるいは川を越えて捨てるフリをする、などパターンに種類があったようです。

いずれも、大切な我が子の健康、無病息災を祈願するおまじない的な習わしでした。

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